仙台高等裁判所 昭和40年(ネ)43号 判決 1966年7月06日
控訴人(第一審原告) 浅野源一
被控訴人(第一審被告) 株式会社東邦銀行
被控訴人(第一審参加人) 粂田朝子
主文
本件控訴を棄却する。
原判決主文第一項を次のとおり変更する。
控訴人と被控訴人らとの間において、被控訴人粂田朝子が被控訴人株式会社東邦銀行に対し別紙目録記載の定期預金債権を有することを確認する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「一、原判決を取消す。二、被控訴人株式会社東邦銀行は控訴人に対し金九〇七万円および内金七七五万円に対する昭和三八年九月三〇日から、内金一二〇万円に対する同年一一月七日から、各完済に至るまで年五分五厘の割合による金員を支払え。三、被控訴人粂田朝子の請求を棄却する。四、訴訟費用は第一、二審を通じ参加による訴訟費用は被控訴人粂田朝子の負担とし、その余は被控訴人株式会社東邦銀行の負担とする。」との判決および右第二、第四項につき仮執行の宣言を求めた。
被控訴代理人らはそれぞれ控訴棄却の判決を求め、なお被控訴人粂田朝子代理人は請求の趣旨を訂正し、主文第二項同旨の判決を求めた。
当事者双方の陳述、証拠関係は、次に記載する事項のほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
控訴代理人の陳述。
一、原判決別紙目録記載の二二口の定期預金は、同目録記載の各満期日を経過したため、昭和三八年九月三〇日及び同年一一月七日の二回に書替えがなされた結果、同目録記載の各預け入れ年月日及び満期日は、それぞれ別紙目録記載の各預け入れ年月日及び満期日のとおり変更された。なお原判決別紙目録の預け入れ名義人欄第七段目の「大竹信吾」は、別紙目録預け入れ名義人第八段目の「大竹新吾」の誤記であるから、右のとおり訂正する。
よって、右書替えにかかる新定期預金債権に基づいて本訴請求をする。
二、前記定期預金は、控訴人が自ら積立てたものであって、現在もなお控訴人の権利に属し、武田オヒサの積立てたものでなければ、控訴人が右債権を被控訴人粂田朝子に贈与した事実もないことは、次に述べる事情からも明らかである。
(一) 控訴人は、昭和二〇年東京都から福島県南会津郡田島町に移って、製材業兼金貸業を、その後東京都に戻って金貸業を営みながら資産を蓄え、独力で前記定期預金の積立を完成したものである。その間武田オヒサは控訴人の妻として控訴人の右事業を手伝ったにすぎないものであるから、オヒサ自身としては前記定期預金を自ら積立てられる収入、資産はなかったものである。
(二) 前記定期預金は、控訴人が長い間に次第に口数金額を増しつつ積立てを続けた結果、前記の口数金額の定期預金となったものであるが、被控訴人粂田朝子代理人が、同被控訴人において右定期預金債権の贈与を受けた日であると主張する昭和三三年一〇月はもちろん、昭和三五年一一月頃にも、右定期預金は前記の口数金額に達していなかった。
(三) 武田オヒサと被控訴人粂田朝子は、控訴人方を去るにあたって、控訴人が所持していた前記定期預金の証書及びこれに関する印鑑を勝手に持ち去った。
(四) 控訴人は、東京家庭裁判所昭和三八年(家イ)第四二四六号夫婦関係調整調停事件において、武田オヒサと調停離婚した際、オヒサに対し、控訴人所有の東京都新宿区若葉町所在の宅地約一四〇坪を財産分与したが、右分与にあたり、控訴人とオヒサは、前記定期預金を控訴人の保有とすることを確認し、これを前提に右分与を約定したのである。
二、仮に控訴人が被控訴人粂田朝子に対し、本件定期預金債権を贈与したとしても、
(一) 右贈与は書面によらないものであるから、控訴代理人は昭和四〇年六月二三日の本件口頭弁論期日においてその取消の意思表示をした。
(二) 右贈与は、前記定期預金につき控訴人と、被控訴銀行との間になされている譲渡禁止の特約に反するものであるばかりでなく、被控訴銀行に対する譲渡の通知等、適法な指名債権譲渡の手続がふまれていないから、無効である。
被控訴人粂田朝子代理人の陳述
一、原判決別紙目録記載の定期預金につき、控訴代理人主張のとおりの書替えがなされた結果、従来の右定期預金の各預け入れ年月日及び満期日が別紙目録記載のとおり変更されたことは認める。よって、これに基づき、従来の被控訴人粂田朝子の請求の趣旨を、主文第二項のとおり訂正する。
二、被控訴人粂田朝子は、昭和三三年一〇月頃、もしも当時の本件定期預金債権が控訴人のものであるとすれば同人から、またもし同人と武田オヒサの共有であるとすれば右両名から、これを贈与されたものである。
控訴代理人は、右贈与は書面によらないものであるからこれを取消す旨主張するけれども、右贈与は、当時同被控訴人において、前記定期預金の証書とこれに関する印鑑の交付を受け、その履行を終ったものであるから、控訴代理人の取消の意思表示は無効である
また前記定期預金契約につき、譲渡禁止の特約がなされていたとしても、昭和三三年一〇月頃武田オヒサが被控訴銀行に右譲渡の旨を通知したところ、被控訴銀行はこれを認めて、被控訴人粂田朝子からする右定期預金の利息の支払、満期毎の書替え等の請求に応じてきたものであるから、被控訴銀行は右特約を解除して、前記譲渡を承諾したのである。
仮に右主張が当らないとしても、控訴人が本件定期預金債権の権利者でない以上、控訴代理人主張のような理由で右譲渡の効力を争うことは許されない。
(証拠関係)<省略>
理由
一、被控訴銀行に対し、原判決別紙目録記載のような二二口金額合計九〇七万円の定期預金がなされていたことは当事者間に争いがなく、右定期預金が同目録記載の各満期日経過後の書替えにより、各預け入れ年月日及び満期日が、別紙目録記載のとおりに変更された旨の控訴代理人主張事実は、被控訴人粂田朝子代理人はこれを自白し、被控訴銀行はこれを明らかに争わないから、自白したものとみなされる。
そして別紙目録記載の預け入れ名義人が、いずれも実在しない虚無人であることは、原審における証人武田オヒサの証言、控訴人浅野源一被控訴人粂田朝子各本人尋問の結果により認められる(原判決別紙目録記載の預け入れ名義人中「大竹信吾」とさるのは「大竹新吾」の誤記であるから、別紙目録記載のとおり訂正する。)
二、控訴代理人は、右定期預金は控訴人が単独で積立て、満期毎に書替えを繰返してきたものであるから、その定期預金債権は控訴人に属する旨主張し、被控訴人粂田朝子代理人は、右は武田オヒサが単独で積立てたもので、もと同人の債権であった旨主張するから、考えるに、<省略>
を総合すると、控訴人と武田オヒサとは、昭和一一年七月一四日婚姻して、その頃から昭和三八年五月頃まで同棲した後昭和三九年三月五日に至り調停離婚したものであり、被控訴人粂田朝子は同人らの二女であること、武田オヒサは控訴人と婚姻する以前から長く看護婦として働らき、相当の貯蓄を有していたので、婚姻後はこれらの資金をもって田島町において控訴人とともに貸金をしたり、製材業等を営んだりして、控訴人に協力して少なからぬ家産を築いたこと、右定期預金として預け入れられた金員も、控訴人と武田オヒサとが昭和二四、五年頃から昭和三五年頃までの間に、右事業等の収益のうちから貯えたものの一部であって、昭和三一年頃から両名共同して被控訴銀行に対する定期預金として預け入れ、次第にその口数金額を増しつつ、満期毎の書換えを繰返して、前認定の二二口金額合計九〇七万円の定期預金としたものであることを認めることができる。<省略>
三、次に、<省略>を考え合わせると昭和三三年頃控訴人が詐欺脅迫等の刑事事件の被告人として勾留されて裁判に付され、新聞紙上にも報導されたことがあったが、オヒサと控訴人は、右事件が将来同被控訴人の縁談の妨げとならないよう、同年八月頃、同被控訴人に対し、同人が結婚する際は本件定期預金を持参金として持たせてやるつもりだからと告げ、その頃から当時の定期預金証書と預け入れ名義人名の印鑑を預けておきその保管と、以後の右定期預金の書替等を託したこと、武田オヒサと、控訴人は、昭和三五年九月頃、被控訴人粂田朝子に対し、同年一〇月頃粂田光三と婚姻することに定まったので、同被控訴人の持参金とする趣旨で控訴人らの資産のうちから、前記定期預金二二口金額合計九〇七万円の債権を贈与したこと、同被控訴人は、その後自ら満期毎の書替えを繰返えして、別紙目録記載の定期預金としたことを認めることができる。<省略>
四、控訴代理人は、右贈与は書面によらないものであるからこれを取消す旨主張するので考えるに、右贈与が書面によりなされたものでないことは、弁論の全趣旨により認められるが、<省略>の結果によると、前記贈与の際にも、本件定期預金証書、印鑑はすでに同被控訴人の保管に委ねられてあったことが認められる。右認定に反する原審並に当審における控訴人本人尋問の結果は信用しない。
以上の認定に、原審並に当審(第一回)における被控訴人粂田朝子本人尋問の結果によると、控訴人と武田オヒサとは、被控訴人粂田朝子に対し本件定期預金の証書と、前記印鑑を引渡し、贈与はすでにその履行を終ったものであるから、控訴代理人の前記贈与取消の意思表示は無効である、といわねばならない。
さらに控訴代理人は、右贈与は、前記定期預金契約に付されている譲渡禁止の特約に反するから無効であると主張し、各当事者間において成立に争いのない丙第五六号証の二によれば、右定期預金契約には、預金者は被控訴銀行の承諾がなければ、右定期預金債権を他に譲渡し得ない旨の特約が付されていることを認めることができるけれども、前記丙第六ないし第八号証、原審における被控訴人粂田朝子本人尋問の結果により、成立を認め得る丙第九号証、原審における証人武田オヒサの証言、被控訴人粂田朝子本人尋問の結果によれば、右贈与後、被控訴銀行は被控訴人粂田朝子からの前記定期預金の満期毎の書替えや、利息支払いの請求に応じていたことが認められる。以上の事実によると、被控訴銀行は、控訴人らが被控訴人粂田朝子に対してなした前認定の贈与につき、右特約に基く承諾を与えたことを窺うに十分である。
次に控訴代理人は、右贈与は、指名債権譲渡の手続がふまれていないから、無効であると主張するけれども、前記贈与の当事者である控訴人と、被控訴人粂田朝子の間では、右贈与は意思表示のみにより効力を生じ、被控訴銀行に対する通知等特段の手続を要しないことはいうまでもない。また被控訴銀行に対する関係では、控訴人と武田オヒサとが、同銀行に対し右譲渡の通知をなしたことを認めるに足りる証拠はないが、右認定事実からすると、被控訴銀行は、前記贈与による債権譲渡を承諾したものと認めることができる。
五、そうすると、前記定期預金債権は、右贈与により、控訴人と武田オヒサの両名から、被控訴人粂田朝子に移転したものであるから、右定期預金の払戻を求める控訴代理人の請求は失当として棄却を免れず、右定期預金債権が、被控訴人粂田朝子に属することの確認を求める同人代理人の請求は、正当として認容すべきである。<以下省略>
<以下省略>